神社・仏閣  5.妻籠宿から太田宿へ
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 宿駅のデータは「中山道宿村大概帳」による。人口は天保14年(1843)調査。

木曾海道六拾九次之内妻籠 広重画
人口   418人   家数   83軒
本陣 1 脇本陣 1 旅籠   31軒
           光徳寺
天正11年(1583)の開基。春には樹齢300年に近い枝垂桜が咲き誇る。島崎(本陣)・林(脇本陣)両家の墓がある。
            延命地蔵堂
中に文化10年(1813)、光徳寺住職中外和尚が見つけた地蔵の寝姿が浮き出た大きい岩がある。4月の例祭が近づくとこの地蔵は汗びっしょりと濡れたようになり、汗かき地蔵とも呼ばれている。
木曾街道馬籠驛 峠ヨリ遠望之圖 英泉画
人口   717人   家数   69軒
本陣 1 脇本陣 1 旅籠   18軒
                        
木曾海道六拾九次之内落合 広重画
人口   370人   家数   75軒
本陣 1 脇本陣 1 旅籠   14軒
           覚明神社
天明5年(1785)、覚明行者が御獄山開山のためここを通り、泊まった茶屋でもてなしにあい、そのお礼に湯飲、数珠などを渡した。後に立ち寄ったのを記念し茶屋跡に覚明霊神を祀ったものという。
 
木曾海道六拾九次之内中津川 広重画
人口   928人   家数   228軒
本陣 1 脇本陣 1 旅籠    29軒
             
   
木曾海道六拾九次之内大井 広重画
人口   466人   家数  110軒
本陣 1 脇本陣 1 旅籠   41軒
          神明神社
西行硯水の近く、元の中野村にあり産土の神を祀る。
              弘法様
大久後集落を過ぎたところ弘法大師が祀られている。観音堂はこの右手にある。
        三十三体観音石室
阿波屋の観音様と呼ばれ、三十三の石仏が収められている。この地の険しい十三峠で倒れた旅人や馬の霊を慰め、かつ旅の安全を願い、大湫宿の伝馬役や各地の定飛脚が建立したものという。
木曾海道六拾九次之内大久手 広重画
人口   338人    家数    66軒
本陣 1 脇本陣 1  旅籠    30軒
            神明神社
大湫宿内にあるこの神社の大きな杉の木は樹齢1300年という大木である。木肌に触れれば長命にあやかれると言われる。県の天然記念物に指定されている。
 
木曾海道六拾九次之内細久手 広重画
人口   256人    家数    65軒
本陣 1 脇本陣 1  旅籠    24軒
        
            庚申堂
昔から近在の人たちや旅人から細久手宿の庚申様と親しまれてきた。宿入口にある。
            秋葉坂三尊
このあたりの坂は秋葉坂と言われる山道で、200年以上も昔に造られた六仏三尊が沿道に安置されている。
            耳神社
耳の病気に御利益がある。平癒の願をかけ、願いが叶うと年の数だけ錐を紐で編んですだれのようにして奉納した。            
木曾海道六拾九次之内御嶽 広重画
人口   600人    家数   66軒
本陣 1 脇本陣 1  旅籠   28軒
            願興寺
古く平安時代に創建され、今の本堂は天正9年(1581)の建立。本尊の薬師如来像ほか24体は国の文化財。別名蟹薬師。
             鬼の首塚
鎌倉時代、この地に乱暴狼藉を働く男がいて住民を苦しめていたが、京にいる地頭の家来達が蟹薬師に祈願し討つことができた。その首を検分のため駕篭へ入れ京へ運ぼうとしたが重くてできず、ここへ埋めたという伝説がある。
木曾海道六拾九次之内伏見 広重画
人口   485人   家数   82軒
本陣 1 脇本陣 1 旅籠   29軒
              


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